この記事は第三回「過去を訪ねて」その①その②続編です。
まだ見られてない方はそちらから先に読むことをオススメします。

前回のあらすじ
そもそもなんでこの辺のバスが廃止になったんだろうと思ったので、この周囲の出来事とバス事情を一気に解説してみたよ。まあ結論でなかったけどね!

さて解説は前回でおしまいですよ。ここから段々と山道になっていくので、しんどくなってきますがめげずに頑張って歩きます。しかしバス停の痕跡は確認できるのでしょうか。少し不安です。

おことわり
奈良交通から精華くるりんバスへと移管された際の変更点は以下のとおりです。
・東畑集会所を東畑に改称。なお、奈良交通時代に東畑小学校前から改称されています。
・東畑集会所〜東畑鳥谷間は完全廃止(移管もなし)

このブログでは当時のバス停名で記述しております。お間違いの無いようにご注意ください。

さて東畑口停留所跡からスタートです。

CAM00797

東畑口停留所周辺の北側を見渡します。
段々と都市から集落へと風景が変化してきました。この地区を走るコミュニティバスの時間を確認しておきましょう。時刻表によると1時間に1本来るか来ないかなので、今の時間だと残り60分が僕に許された探索時間になりそうです。遺構にアンテナを張りつつ、あまり道草を食わずに進みましょう。

CAM00798

集落に通じる道路は1車線が確保されており、歩道もあるため安心です。集落の中を走る道路は狭隘(めっちゃ狭い)イメージがありますが、この道は結構高規格かな?

狭い道ならばそれはそれでこんなところをバスが通っていたのかと思い描けるので面白いと言えば面白いのですが、実際に使っている人からすると狭い道は苦痛でしかないでしょうね。

CAM00799

と、歩き続けるとコミュニティバスの東畑停留所に着きました。

もともとここは東畑小学校前という停留所で近くに精華町立山田荘小学校東畑分校がありました。この小学校は高の原近辺にあり、前回歩いた時に見えた兜台の近くにあります(現存します)。東畑や光台からだと結構な距離があるため分校が設置されたんでしょう。あの時()歩いたので遠さを実感できます。東畑分校は、ニュータウンである光台の住民がどんどん増えたため分校から独立し、1993年に東光小学校という名前に変わって場所も移転しました。

ここが東畑集会所前かなと思ったのですが、このページを見る限りでは古い建物の扉と掲示板が写っているのでここではなさそうです。

CAM00800

この周辺に停留所があるかどうか、道路脇に設けられている停留所スペースの有無を調べましたが特に確認できませんでした。拡幅工事で消えてしまったのかもしれません。

CAM00801

歩いてきた方向を振り返って。いやあ、立派な道ですね。
歩道がやけに広いのが気になりますが、これは将来的に車線増やしたりするのでしょうか。

CAM00802

JAの建物がありました。パレット置いてるところがなんだか荷物の集積場に見えました。賑わっていた時はどのような状態だったのでしょうか。その頃バスはどれくらい走っていたのかな。

写真をよく見ると、扉と掲示板が写っています。おそらく東畑集会所停留所はここでしょう。

CAM00803

道路工事の跡がありましたが、田舎にありがちのやっつけ感満載状態です。もうちょっと何とかならなかったのだろうかと気になります。さて、このあたりから道路の中央線が無くなります。

CAM00804

東畑公民館です。JAの建物のちょうどお向かいさんです。公園のところが逆方面の停留所だったのかもしれません。あくまで推測なのですが。

さて、ここから東畑北谷停留所跡へと向かいます。ここから段々と山の中へ入っていくので変な動物に出会わないかちょっと心配です。車にも気をつけながら進みたいと思います。

CAM00805

やはり、狭いです。そして段々と森が迫っています。
引き返すなら今のうちかなと思いつつ、先を進みます。携帯の電波が途切れない事を祈りながら。

CAM00806






なんなんだこのカーブは……





CAM00807

バスはどうやらここを曲がっていたようです。写真では見難いですが、ほとんどUターンのカーブです。対向車線にはみ出ないとバスは曲がれ無さそうですし、対向車がくると危ないですね。

ここで脇へとそれる道があったので、最初はそちらを探索したのですが道が尋常じゃない狭さでバスは到底通れ無さそうだったので引き返してきました。斜面にそって家が並んでいるので道が急勾配です。

CAM00808

登ります。いよいよ歩道が無くなりました。
バスも廃止されるような道を歩く人もいないでしょうし、仕方ありません。ですが先へと歩きます。たまに車が来るのですが、カーブで見えないので近づくエンジンの音を頼りに歩きます。

CAM00809

途中まで来て気付いたのですが、東畑北谷停留所跡が見つかりません。こんな山奥ですしわざわざ停留所スペースを設けるとは思えないので余計に見つかりません。近くに北ノ谷という字名があるのでその付近だろうとは思うのですが、そこに最接近する場所は先ほどのUターンカーブ。ですがあそこにバス停を置くのは正気の沙汰ではありません。写真に似た部分を探しましたが見つからず、真相は闇の中。もう少し文献などを漁る必要がありそうです。

CAM00810

一部の間では熱狂的な人気を誇る、マルフクの看板です。こんなところにもあるんですね。
需要は無いんですけどなんか偶然見つけたのでカメラに収めておきました。

CAM00811

坂を登りきり、少し平坦な道が続きます。本当にここをバスが走っていたのか?と思う狭さです。只今の僕はそれよりも停留所跡地がどこにあるのかが気になって仕方ありません。

CAM00812

山の斜面に沿って道が作られています。ぐねぐねしており見通しはよくありません。

CAM00813

東畑北谷停留所のページにある2枚目の写真の場所がこの辺りかなと思われます。結局歩いても分かりませんでした。残念。

CAM00814

さて、先へ向かいます。ここを登り切ったあたりが東畑停留所跡ですかね。次こそは見つけるぞ、と士気も高まります。勾配もきつくなり、まだ寒い季節にもかかわらず少し汗さえかきはじめました。ですがめげずに歩きます。どうせめげても引き返せないのでただひたすらに歩きます。

CAM00815

多分この辺だと思います。あろうことか、また場所が分かりません。車が通過しており、それに気を配りながら歩いてたので見落としたかもしれません。ですが、地図的にもおそらくこの辺りが東畑停留所跡で間違いないでしょう。近くに東畑墓地の入口がありました。

CAM00816

えーと……






マリオカートかな?






CAM00817

なんだこの高低差は!といいたくなりますが、これ同じ道です。
またUターンカーブが待ち構えています。これが一番山を登る方法としてはベストではありますが、ここをバスが走っていたというのですから本当に驚きです。どうせならまだ運行しているうちに乗ってみたかったですね。

CAM00818

ここで道幅が広くなった区間も終わりです。この部分が唯一のすれ違える場所でした。この道を登り切ると小字鳥谷に到着します。もうまもなく終点のバス停が見えてくるでしょう。ただ、停留所の看板などは残っているのでしょうか。ただそれだけが気がかりです。

さて、それでは次回に続きます。
次こそは終点に到着できそうです。